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歴史好きの歴史好きによる歴史好きの為のブログ

【福岡県那珂川市】現人神社

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福岡県那珂川市鎮座の現人神社
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伊邪那岐の大神筑紫の日向の橘の小戸の■原にて禊祓い給いし時に生まれましし住吉三柱の大神を祭祀した最も古い社にして、神功皇后(一七八〇年前)三韓遠征の際軍船の舳先に御形を現し玉体を護り進路を導き無事凱旋せしめた御神として皇后いたく畏み奉りてこの住吉の神の鎮まり座す現人宮を訪れ、神田に水を引かむと山田の一の井堰を築き、裂田の溝を通水して五穀豊穣の誠を捧げられ、現人大明神の尊号を授けられ供奉の藤原朝臣佐伯宿祢をして、祀官せしめられてより、現人大明神と称す摂津の住吉大社は現人大明神の和魂を祀り、福岡の住吉宮(一二〇〇年前)分霊せらる。

 今の神殿拝殿大鳥居は正徳四年(約270年前)当時の領主地頭であった黒田靭資重実が氏子に協力して再建したものである。

 明治五年太政官布告にて現人神社と改号され、五穀豊穣を始め交通安全、厄除開運、家内安全、商売繫盛、初宮七五三等今に篤い崇敬を受けている。
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この鳥居は、明神鳥居とよばれる形式のもので、高さが5・15m、柱の幅が4・2mあり、年号のある鳥居では、那珂川町の中でもっとも古いものです。

 また、現在鳥居の中央に付いている額は、明治はじめの廃仏思想の風潮が盛んな頃に付け替えられたもので、もともと付いていた『現人大明神』と書かれた額は、外されて拝殿横に保存されています。

 神社の略史によると、元禄の頃から那珂郡の領主であった黒田靭負重実が、神田を寄進して神社の復興につくしたとあります。そして、十二ヵ村の氏子達の協力を得て現在の神殿・拝殿を建立し、鳥居の銘にあるように正徳四年(1714)初夏にはこの鳥居が建てられました。


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拝殿
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本殿

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神社名 現人神社
住所 福岡県那珂川市仲3丁目6−20
TEL 092-952-2152
御祭神 住吉三神底筒男命中筒男命表筒男命
創建年  
社格  
建築様式  
駐車場
御朱印

 

【北九州市八幡東区】仲宿八幡宮

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北九州市八幡東区鎮座の仲宿八幡宮
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今を去る事一八〇〇年余の往昔、第十四代仲哀天皇の御后、神功皇后は筑紫の香椎の宮でお幽れなされし天皇の御代わりに皇子(後の応神天皇)を御腹にみごもられ乍らも軍臣の動揺を考えられ、天皇崩御の御事を秘匿し、男装をして三軍を率いて九州騒乱の源、新羅征伐に出征せられたり。この間北九州を中心に動き給い、苦節の末三韓を従え給ふ。ここに神告ありて「三韓を従えども行先謀反の者あり、厚く慎み給へ」と。然るに現当宮の地に中やとりし給いて豊山の宮を造らしめ給い、皇后自ら仲宿にて忌み慎み齋籠し給いて、豊山の宮共々に御帰■の後、この仲宿の地の祭祀を行い■りし祭場に、村人等祠を建立し、産土神とし奉り、幾度となく社を増改築、殊に大内氏、麻生氏、近世に至りては黒田氏の崇敬厚く今日に至り、現社殿は昭和三十六年に御改築す。


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拝殿
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本殿

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神社名 仲宿八幡宮
住所 福岡県北九州市八幡東区祇園2丁目5−1
TEL 093-671-6555
御祭神 仲哀天皇応神天皇神功皇后
創建年 神代
社格  
建築様式  
駐車場
御朱印

【長崎県佐世保市】住吉神社

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長崎県佐世保市鎮座の住吉神社
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本神社の縁起は古く、日本書紀の時代にさかのぼり社伝によれば、第十二代景行天皇(約1650年前)が日向の熊襲撃征の九州に行幸されしとき、西海の針尾島を通られ、早来瀬戸の航海安全のため上原の地に住吉大神を配祀され、降って■■田の地に遷座されました。その後平安時代初期の弘仁十四年(西暦824年)第五十二代嵯峨天皇自らの手になる木造を相殿に奉斎し本神社の基礎ができました。

 古くから彼杵群の宗廟とされ、大祭には郡内の浦々四十八村から御餅が奉納され領主の参拝がありました。

 当速来地方が大村市の支配から離れ、北方の平戸松浦の■地になると、この手厚い保護と崇敬をうけることになり、文禄元年(1592)初代藩主松浦法印鎮信公は、文禄の出征にあたり■の安全を祈願して陣太鼓ほかの武具を奉納しました。その後、第十代藩主観中熙公は扁額を、第十一代藩主諦乗曜公は絵馬を奉納するなど江戸時代を通して藩の別段崇敬社としての社格をもちました。

 この間、社名も住吉大明神から住吉宮にさらに維新後の明治七年(1874)に住吉神社となり、同時に郷社に列せられて現在にいたっています。

 本神社の御祭神であります三柱の筒男命は住吉三神とも称され、綿津見三神宗像三女神とともに三大海神とされ、航空安全、海上平安や寿福慶賀、農耕豊作をかなえる海神として西日本一帯で信仰されてきました。美しい自然と海山の幸にめぐまれる当地方でも古くから住吉信仰がさかんで、本神社はその中心的な神社として一千余年の歴史を歩んできました。


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拝殿
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本殿

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神社名 住吉神社
住所 長崎県佐世保市広田2丁目5−2
TEL 0956-38-2528
御祭神 底筒男命中筒男命表筒男命
創建年 約1650年前
社格 郷社
建築様式  
駐車場
御朱印

【大分県別府市】火男火売神社

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大分県別府市鎮座の火男火売神社
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當、火男火売神社は一名鶴見権現とも敬称し今から壱千四十年余、醍醐天皇の御代延喜年間に朝廷の神名帳に登載され(これを延喜式内と云う)降って江戸時代は玖珠藩主久留島家代々の尊崇を受け明治十二年七月六日大分県下屈指の県社に列せられる。

今を去る壱千百二十三年前の嘉祥二年に時の朝廷より従五位下の階位を壱千百五年まえの貞観九年一月二十日うしろに■ゆる鶴見山(海抜1375米)が大爆発を起こした際これを鎮められた功績により従五位上の階位を賜った神様である(続日本後記三大実録参照)この爆発鎮静の際に鶴見山麓一帯に世界的有名な別府温泉を惠み賜った火の男女の神様である。


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拝殿
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本殿

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神社名 火男火売神社
住所 大分県別府市火売948
TEL  
御祭神 伊邪那岐神伊邪那美神、火加具土神
創建年 901~923年
社格 県社
建築様式  
駐車場
御朱印

 

【宮崎県日南市】岩崎稲荷神社

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宮崎県日南市鎮座の岩崎稲荷神社
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当神社のある此の浄地「星倉新山」は、飫肥城本丸の東南即ち巽の位置に当たる。

往時より巽の方は正収福分の地とし、万物の斉う所とされ諸願成就の聖地とされていた。星は即ち黄金財宝の意味で、その収まる所が倉であり里倉の地名もそこに発すると言われている。又巽の候は春暖の天地万物の生々成長するときであるが当神社はこの意味で諸民万物の弥益々の栄光を祈願しその■■を収めるための守護神としてこの地を選ばれたものである。

当神社は元伊豆の国田方郡岩崎に大社して鎮座ありしを建武元年戌伊藤祐持日向国都於郡に社殿造営遷座し奉り岩崎稲荷神社と称す。その後天正拾弐年甲申飫肥藩主伊藤祐兵、本郡平野村に仮社を造立安置し其の後元和四年にこの浄地に遷座、郷社にて、社領高貮拾六石貮斗を藩主より寄進の上篤く尊敬ありしが、御維新の際社領を廃止せられ一村一社の藩規に基づき村社に定めらる。御社殿は寛永十九年三月藤原朝臣祐久公の建立、舞殿は文化五年六月に建立、倉稲魂命主祭神とし、相殿に大宮比売命を祀り、末社に栗野神社、松尾神社、御門神社を祭り、家内安全、商売繁盛、海幸、五穀豊穣、病気平癒、交通安全等々諸民の諸願成就の守護神として各地より崇拝されている。


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一七二水

この御水は御祭神が朝夕にお召しになられし霊泉で■つ岩場より■■■絶■る事なく湧き出でておりこの御水を家庭の神(■)柵へお供えし、そのお下(盛)りを戴くと願い事が叶えられると言い伝えられる。


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拝殿
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本殿

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神社名 岩崎稲荷神社
住所 宮崎県日南市星倉 星倉5503−ロ
TEL 0987-25-1295
御祭神 倉稲魂命、大宮比売命
創建年 1334年
社格 村社
建築様式  
駐車場
御朱印

 

【大分県別府市】八幡竈門神社

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大分県別府市鎮座の八幡竈門神社
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仁徳天皇の御宇、国常立尊天照大御神を始め三十三神竈門庄亀山に奉斎

聖武天皇の御宇神亀四年(727年)三月十五日豊前国宇佐より仲哀天皇応神天皇の神霊宝城峰(御超山)に降臨す、次いで淳和天皇の御宇天長三年(826年)宇佐より神功皇后の神霊を迎え併せて三十六神合祀し八幡竈門宮と称し奉る。


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機雷(機械水雷

 海中に敷設され、艦船が接触する事により自動で爆発する水中兵器。日独戦争(第一次世界大戦1914~1918)戦勝を記念し、亀川出身の旧海軍の有志により昭和三年(1928)一対奉納された。全国的にも貴重なものである。


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機雷(機械水雷
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拝殿
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本殿

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神社名 八幡竈門神社
住所 大分県別府市内竈1900
TEL 0977-66-1633
御祭神 応神天皇仲哀天皇神功皇后
創建年 727年
社格  
建築様式  
駐車場
御朱印

 

【熊本県天草市】本渡諏訪神社

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熊本県天草市鎮座の本渡諏訪神社
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この蘇鉄は、大正四年(1915)浜宮(現在の中央新町)より現在地への諏訪神社遷宮を記念し、翌大正五年に氏子の森邦太郎・鶴田八十八の両氏が奉納した蘇鉄である。樹齢二百余年を超え、社殿に向かって右は、樹高5・7m・根回り4・4m、左は樹高5・7m・根回り4・0mの巨木で、両方とも雌樹である。主幹が真直ぐに伸ぶ均整のとれた見事な枝振りと、樹勢の盛んな貴珍の銘木として社頭の景観をかたどり、多くの参拝者に親しまれている。


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大蘇鉄
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拝殿
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本殿

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神社名 本渡諏訪神社
住所 熊本県天草市諏訪町8−3
TEL 0969-22-3480
御祭神  
創建年  
社格  
建築様式  
駐車場
御朱印