【宮崎県日南市】吾田神社
宮崎県日南市鎮座の吾田神社
創建後幾度か改築が重ねられ、天正十七年(1589)飫肥藩初代藩士伊藤祐兵が再興、社領十二石五斗の寄進が続けられ、飫肥藩十一社の内二社、吾田神社、田ノ口神社、崇敬篤かった。『日向地名録』によると、田ノ口大明神、一名、火焼ノ宮と称し、本社の東北の田の中にあったものを明治五年合祀した。また、手研耳命は、神武天皇と吾平津媛命の間に生まられた長子であり、命は天皇が宮崎におられた頃は平山の駒宮あたりに住まわれたので、駒宮辺りを別府、宮崎を新別府と称した。手研耳命が亡くなられると、吾田の小崎に葬り、その小崎は、今の神社の下を昔から小崎といっており、神殿の裏山上に古墳とみるべき地があるのを手研耳命御陵としている。(飫肥伝説録)明治四十年二月。神饌弊■料を供進すべき神社に指定昭和九年神武天皇御東征二千六百年祭に際し、神殿・拝殿ともに改築して宮崎県奉賛会から顕彰され、昭和十五年には、県奉賛会が「神武天皇巡幸伝説地吾田」の石碑を献納。「神武天皇御東遷ニ先ダチ宮崎ノ宮ヨリ妃吾平津媛命乃皇子達ヲ随へ妃ノ御出生地タル此ノ地ニ至リ暫ク御駐輩アラセシト伝フ」と刻されている。
拝殿
本殿
神社名 | 吾田神社 |
住所 | 宮崎県日南市戸高878−2 |
TEL | 0987-23-3018 |
御祭神 | 吾平津媛命、手研耳命、天穂日命 |
創建年 | 708年 |
社格 | 村社 |
建築様式 | 神明造 |
駐車場 | 有 |
御朱印 |