出雲大社宇迦橋大鳥居
宇迦橋大鳥居は、大正3年(1914)に新たな参道として整備された神門通りを彩るため、また、大正天皇の即位をお祝いして建築されました。寄進者は篤志家の小林徳一郎氏(島根県邑南町(旧瑞穂町)出身)で、小林氏の経営する建築会社・小林組が約2ヶ月(57日間)という短期間で建てたと言われています。
大鳥居は鉄筋コンクリート造で、建立当時は日本一の高さを誇りました。その高さは出雲大社本殿の24mを越えないよう、23mにおさえられています。
出雲大社の第一の鳥居にふさわしい歴史と風格が評価され、平成27年7月、国登録有形文化財となりました。
十九社
御祭神 八百萬神
由緒
旧暦十月には全国の神々が大國主大神の許にお集まりになられ、人々の幸福、生成発展のために神議なさる神在祭が斎行されます。十九社はその際の神々のお宿となります。又、平素は全国八百萬の神々への遥拝所です。
十九社
文庫
寛文七年(1667)の御造営に際して新造された図書館建物です。寄棟造の屋根は栗板の栃葺き仕様、内部は中央が土蔵造で和漢書などの架蔵部屋、その左右が畳敷きの閲覧部屋となっています。
貞享二年(1685)、水戸徳川家二代藩主の徳川光圀(水戸黄門)は『大日本史』の編纂のため「助さん」こと佐々介三郎を出雲大社に調査派遣します。「助さん」はこの文庫も訪れたことでしょう。
光圀は、自ら考纂した『公卿補任補闕』を文庫に奉納しました。
文庫は、もと彰古館付近に建造、大正三年(1914)の彰古館建設により現在地に移築。
文庫
出雲大社摂社
素鵞社
御祭神 素戔嗚尊
由緒
素戔嗚尊は三貴子(天照大御神、月読尊、素戔嗚尊)中の一柱であられ、天照大御神の弟神にあたります。出雲国に天降りされ、肥河上に於いて八岐大蛇を退治されて人々をお助けになり奇稲田姫を御妻として大国主大神をお生みになられました。
素鵞社
彰古館(国登録有形文化財)
明治四十五年(1912)、御本殿や宝庫に収蔵されていた宝物・歴史的遺品などを常設の展示施設で公開するための宝物館建設の政府許可を得、大正三年(1914)に彰古館を新造開館しました。
入母屋造二階建てで、正面中央には切妻造の玄関を設け、一階より遁滅させた二階部には■高欄を置く縁を廻らすなど社寺建築の要素を取り入れた落ち着きのある佇まいとなっています。
収蔵の宝物類を拝観に供することは江戸時代には知られていますが、「神社博物館」の■矢です。
現在、宝物館は神祐殿とこの彰古館となっています。
彰古館
御祭神大國主大神のお鎮まりになる御本殿の正面は南向きですが殿内の御神座は西向きとなっています。
昔より御参拝の皆様は大神様に向い合い御神座正面から拝しております。
先づ御本殿正面で御拝礼の後、瑞垣に沿って摂末社を参拝され、御神座正面に当たる此の場所より再度心を込め拝礼なさいます。
拝殿
本殿
神社名 | 出雲大社 |
住所 | 島根県出雲市大社町杵築東宮内195 |
TEL | 0853-53-3100 |
御祭神 | |
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御朱印 |