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【九州四十九院薬師霊場】18番 今山大師寺

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宮崎県延岡市の今山大師寺
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今山大師の由来

1839年(天保10年)内藤政義の時代、城下の信徒たちが疫病封じに高野山金剛峯寺から、弘法大師座像(現在の本尊)を勧請し、大師庵を建てたのが始まり。大師祭りは、1889年(明治22年)四国霊場88か所を形どった石仏像を延岡及び近郷町村の人たちが、わが村の守護神(大師)として五穀豊穣、家内安全を祈って奉納し、春を迎えた喜びにあわせて、旧暦の3月21日に参拝したことから盛んになっていた。さらに1957年(昭和32年)信者や近郷近在の有志から浄財が寄せられ、日本一の「弘法大師銅像」が建立されたことにより、県内一円はもとより四国、九州各地から毎年10万人以上が延岡お大師さん(今山大師祭)として参拝客で賑わうようになっていった。
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今山大師について

 

 今山大師堂は、天保10年(西暦1839年)、延岡城下の信徒の発願により、御本尊として、高野山金剛峯寺から、弘法大師のご尊像を勧請して、家内安全、無病息災、五穀豊穣、商工発展の祈願のために建てられた。山上の弘法大師銅像は、その大きさ日本一と称せられ、高さ17m(台座を含む)重さ11トンあり、昭和32年4月18日に開眼された。

 山上にはこのほか、延岡近郷各町村の守護仏として、四国八八か所霊場の御分身が山内一円にまつられている。

 毎年四月第三日曜日を中心に行われる春の大祭は、近郷はもちろん、四国、九州各地からの参詣者10数万人で賑わい「お大師さん」の呼び名で親しまれている。
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山門鐘楼
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筆塚のご案内

 

 この筆塚は、昭和五十六年四月四日、筆縁につながる、4748名にのぼる浄財寄進によって建立されました。

 以来毎年、厳粛に筆供養並びに先賢物故者供養が行われています。この供養は、筆塚の前で使い古された退筆を荼毘に付し、また、永年書道文化のために貢献された先賢諸霊の遺徳に感謝し、追善供養を行うものであります。

 筆塚の文字は、王義之の書風で、書家西田玄豊氏が揮毫され、施工は(有)福原石材店によるものです。

 なお、筆塚の裏面には、撰文並びに筆塚建立実行委員名が刻されています。

 日本三筆の一人の弘法大師様にお参りの好機に、この筆塚もご覧下さいますように、ご案内申し上げます。
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筆塚
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延岡空襲殉職慰霊碑
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伏見稲荷大権現
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弘法大師銅像

 

寺名 今山大師寺
住所 宮崎県延岡市山下町2丁目3998
TEL 0982-32-5290
本尊  
創建年 1839年
駐車場  
備考