【福岡県福津市】日本海海戦記念碑
旗艦「三笠」主砲先端部の由来
祭神東郷元帥の偉大な功績を後世に長くたたえるために、世界海戦史上未曾有の大勝利を博し、驚嘆の的であった日本海海戦に使用された「三笠」主砲の先端部を財団法人「日本海海戦偉積保存会」理事長・安部正弘が保存したものであります。
昭和十四年(1939年)四月以来、公園内に陳列してあった「三笠」の主砲はじめ、各種大砲七門は、昭和二十年(1945年)八月大東亜戦争終戦後、兵器処理委員会によって、全部切断され、八幡製鉄所の溶鉱炉に投入される運命になりました。安部理事長は、せめて「三笠」の主砲の一片だけでも残したいと熱望のあまり、兵器処理委員会にお願いし了解を得て地中に埋没保存していたものであります。
この戦艦「三笠」主砲先端部は、太平洋戦争終結後の昭和二十一年、当時兵器処理を手掛けていた北九州市の濱田重工株式会社(当時「濱田組」)によって切断処理したものです。
長い歳月を経て、この残存する唯一の記念の砲身が朽ち錆びていくのに心痛めた濱田重工会長・濱田満寿次は「日本の貴重な資料でもあり、歴史の足跡を示すもの」として、その修理保存に意を注ぎ、耐蝕性・耐候性などに防蝕対策を検討、昭和六十年五月、日本海海戦八十周年記念を機に、錆止め加工を施しました。
同施工仕様は、左記の通りです。
- 素地 サンドブラスト処理
- 下地 AL溶射(メタリコン)
- 上塗り フッ素樹脂塗布
消えることなき日本海海戦の歴史とともに、形のあるものとしてこの砲身も永久に朽ちることなきを祈念するものです。
旗艦「三笠」主砲先端部
日本海海戦の場所となった海
東郷平八郎元帥
皇國興廃在
此一戦各員
一層奮励努力
日本海海戦記念碑
遺跡名 | 日本海海戦記念碑 |
住所 | 福岡県福津市渡1238 |
TEL | |
年代 | |
指定区分 | |
駐車場 |